もう一度、23日はぜひとも同窓会へ

 あの3月11日午後、大きな揺れの中、僕(福士)は北青山の事務所近くにいた。学校帰りの3人の小学生を安全そうな場所に連れて行きながら、「これはヤバイ」と感じた。事務所に戻って相棒に聞くと、震源三陸沖。2000年10月6日に62歳で亡くなった「反原発」の闘士、高木仁三郎さんが死の直前に書いた「友へ 最後のメッセージ」がよみがえってきた。その中で高木さんは「原子力の末期症状による大事故」への予感と、それを止められないまま「先に逝ってしまう人間」の大きな悩みを絞り出すような言葉で綴っていたのだ。
 それから40何日、僕なりにあれこれ考えながら迎える23日の同窓会総会・懇親会。この時期の開催決定に抗議して常任幹事を辞め、同窓会も退会したご仁もいたが、僕は他の8学年の常任幹事や会員有志の賛同を得て「開催するなら、こんなことを」と幾つかの要請と提案を、開催に努力してきた「8の回」当番幹事と役員会に出し、同窓会としてやれることを考えながらやろうと呼びかけた。もちろん、言う以上やれることはやる、である。せっかく400人以上が集うのである。意味深い「2011年4月23日」にしましょう。そのためにも、さらなる参加を!